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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)6430号 判決

原告 岩本高城

〈ほか二名〉

右原告三名訴訟代理人弁護士 宮崎乾朗

〈ほか四名〉

被告 南海電気鉄道株式会社

右代表者代表取締役 川勝傳

右訴訟代理人弁護士 和仁宝寿

〈ほか一名〉

主文

一、被告は、

(一)  原告岩本高城に対し金七五万六、八三五円およびこれに対する昭和四三年一一月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員

(二)  原告岩本修己に対し金二〇万円および内金一〇万円に対する昭和四三年一一月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員

(三)  原告岩本悦子に対し金一〇万円およびこれに対する昭和四三年一一月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の負担とする。

四、この判決第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告ら)

(一)  被告は、原告岩本高城に対し金九九七万〇七一七円およびこれに対する昭和四三年一一月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告岩本修己に対し金三〇〇万円および内金一〇〇万円に対する右同日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告岩本悦子に対し金一〇〇万円およびこれに対する右同日以降完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

(一)  事故の発生

被告は電気鉄道および軌道事業を経営する株式会社であるところ、原告岩本高城(当時五才三月)は、昭和四二年五月二四日午後一時三〇分ごろ、大阪市西成区山王町四番地先所在の被告会社平野線飛田停留所の北西二〇メートルの今池二号踏切(以下本件踏切という。)南側において、平野発恵美須町行の上り二四四号電車(以下単に上り電車という。)の通過待ちをした後右踏切を北側に横断しようとして魚野哲夫運転の恵美須町発平野行の下り二二九号電車(以下単に下り電車という。)にはねられ、左下腿切断創、右膝部挫滅創の傷害を受けた。

(二)  帰責事由

1、踏切警手の過失について、

本件踏切の警手谷下義秋は、原告高城が近所の友達二名と附近の菓子屋に赴く途中本件踏切に差しかかりその南側で電車の通過を待っていた際、上り電車は通過し終ったけれども下り電車がいまだ通過しておらず踏切に近づきつつあったのに不注意にもこれを忘れ、右遮断機を二、三〇センチメートルあげ、そのため菓子屋に急いでいた原告高城をして、もはや電車はこないものと思いこませ、また、同原告が待機していた姿勢以上に身をかがめることなくして右踏切の横断を可能ならしめて右踏切の横断を開始させ、のみならず電車が接近している状況下で踏切を横断している者がそのまま横断を続けたならば何事もなく通過できるのに大声で「危い」と怒鳴ることは、その者をあわてさせて進退の判断力を奪い事故発生の危険性の大なる行為であるから、踏切警手としてはかような行為は厳につつしむべき注意義務があるのに、ほとんど踏切を渡りきっていた同原告に対して、不注意にも数度にわたり大声で「危い」と怒鳴りつけて同原告を驚かせ、そのため同原告をしてその場にしばらく立ちすくませ、さらにあわてて右踏切を北から南へ引き返そうとさせたため、同原告は線路の間に片足をとられて転倒し、進行してきた下り電車に轢過されたものである。

2、電車運転士の過失について、

電車運転士魚野哲夫は、下り電車を運転し本件踏切の西方約二九〇メートルの今池停留所を一三時二三分に発車して同時刻に前記飛田停留所を発車した上り電車と離合した後右踏切の手前約四〇メートルに差しかかったが、右地点から右踏切までは直線であり見とおしを妨げる障害物は何もなく、したがって右踏切上を原告高城が横断しているのを電車の制動距離を上まわる西方地点から目撃したのに警笛吹鳴、徐行、制動等の適切な措置をとらず、もしくは、制動距離を上まわる西方地点から目撃し得たにもかかわらず、漫然右電車を運転していた過失により右踏切の手前九メートルの地点で始めて原告高城が踏切内にいるのに気がつき危険を感じたが何らの措置をもとり得ず、右踏切内の線路に足をとられて転倒していた原告高城を轢過したものである。

3、被告の過失および踏切保安設備たる遮断機の設置または保存のかしについて、

本件踏切は、大阪市西成区山王町四番地先に位置し、昭和二九年四月二七日運輸省鉄道監督局長から都道府県知事宛鉄監第三八四号の二「軌道の踏切道保安設備設置標準について」と題する通達の定める踏切道の種別中第一種乙に該当し、踏切警手を配置するか、または自動踏切遮断機を設置して踏切道を通過する始発から終発までの電車に対し電車が踏切道を通過する前に門扉を閉じて道路を遮断することとされていたので、被告会社は本件踏切に踏切警手を配置し、手動遮断機を設置していた。

しかしながら、現在における高速度交通機関の異常な発達から生じる危険の増大という点を考慮すると、単なる行政監督上の定めに過ぎない右通達の設置標準を形式的に墨守しただけでは踏切道の保安設備として必ずしも十分とはいえず、特に人車の交通の多い踏切については技術上考えられる最も安全な設備に改善すべき義務が軌道業者に課せられているというべきであり、他の地方鉄道および専用鉄道(地方鉄道および専用鉄道についても同じ設置標準が定められている。)ならびに軌道業者は、行政指導もあって前記設置標準以上の設備をするよう心がけているものである。まして、在阪私鉄の中で一番踏切事故が多く、数年前から監督官庁の警告、指示等により、また報道機関を始めとして一般世論からも踏切道保安設備の改善が急務であると強くさけばれてきた被告としては、踏切道保安設備をより安全なものに改善すべきより重い責務を負担しているというべきである。

特に本件踏切のように商店街にあって人車の通行が多く、線路が北に大きくカーブしていて通行人からの下り電車の見とおしが十分でなく、しかも電車の回数が多くて通行人が踏切待ちをさせられる回数の多い踏切にあっては、事故当時設置されていたような竹桿一本で踏切道を遮断し、しかも遮断した状態の遮断桿の高さが地上から約八〇センチメートルという高い位置にあるにもかかわらず何らのくぐり抜け防止装置もなく、また踏切警手が誤って遮断機をあげることを防止する装置も設置されていないというようなものでは踏切道の保安設備として十分なものであるとはいい難い。しかして、前記のような踏切道の交通量、電車の回数、見とおし距離等を考慮すると、被告会社には、本件踏切の遮断機につき警手が誤って遮断機をあげることを確実に防止することのできる自動ロック装置および遮断桿に針金、鉄片等を下げて作ったくぐり抜け防止装置を設置すべき義務があったというべきであり、被告会社が右義務を懈怠していたために本件事故が発生したものである。

被告会社の右義務の懈怠は民法七〇九条の不法行為を構成すると同時に民法七一七条にいう土地の工作物の設置または保存のかしに該当するというべきである。

4、以上のとおり、本件事故は被告の被用者たる踏切警手谷下および電車運転手魚野の業務執行中の過失ならびに被告が本件踏切遮断機に自動ロック装置およびくぐり抜け防止装置を設置しなかった過失または被告の占有所有する土地の工作物たる踏切遮断機の設置もしくは保存のかしに基因して惹起されたものであるから、被告は民法七一五条、七〇九条、七一七条に基き本件事故により原告らの蒙った損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

Ⅰ 原告高城の損害

1、療養関係費

(イ) 入院費               四万七、四二五円

(ロ) 義足代               六万一、五〇〇円

(ハ) 下腿義足断端袋代            一、三〇〇円

(ニ) 塗り薬代              二万三、三八〇円

(ホ) 今後二年間の塗り薬代        四万四、四〇〇円

(ヘ) 附添のため女中を二ヶ月雇用した費用 三万四、〇〇〇円

(ト) 入院中嗜好品代             八、〇〇〇円

(チ) 看護用品一式              五、〇〇〇円

(リ) 通院費                 八、〇〇〇円

合計               二三万三、〇〇五円

2、逸失利益

原告高城は、本件事故当時五才三月であり、平均余命は六三・二六年であるから、少くとも満二〇才から五五才までの三五年間人口五万以上の都市において勤労者として稼働するものと推認されるところ、本件事故により左下腿切断創、右膝部挫滅創の傷害を受け、その結果左下腿は足首より九センチメートル亡失短縮し、右後遺障害は自賠保険の後遺障害等級表第五級に該当するところ、右第五級は労働基準法施行規則所定の身体障害等級表第五級に該当し、その労働能力喪失率は七九パーセントであるから、原告高城の喪失した得べかりし利益の現価は別表記載のとおり六七三万七、七一二円となる。

3、慰謝料

原告高城は本件事故により前記のような傷害を受け、右足首を三九センチメートル切断短縮した結果、生活機能は著しく減退し(歩行さえ困難な状態である。)就職および結婚の期待は著しくそこなわれている。また、右傷害により一ヶ月間入院し、退院後も通院を続けており、加えて原告高城が育ち盛りであり左足首切断部分の骨が成長するため今後数回にわたって断端形成手術をしなければならないし、現在も右膝部の瘢痕部分に掻痒感および疼痛感を残しており、この精神的苦痛を慰謝するには三〇〇万円が相当である。

Ⅱ 原告修己の損害

1、慰謝料

原告修己は原告高城の実父であるところ、原告高城の受けた傷害および後遺症による精神的苦痛は極めて大きく、さらに原告高城が右後遺症のため将来受けるであろう不利益を思うと日夜眠れない苦しみをなめており、この精神的苦痛を慰謝するには一〇万円が相当である。

2、弁護士費用

原告らは、被告が本件事故により原告らの蒙った損害を任意に賠償しないので、原告訴訟代理人宮崎乾朗らに本件訴訟を委任し、原告修己において右弁護士らに対し報酬として二〇〇万円を支払う旨約した。

Ⅲ 原告悦子の損害

原告悦子は原告高城の実母であり、本件事故による原告高城の傷害のため原告修己同様の精神的苦痛を蒙っており、この精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円が相当である。

(四)  結論

よって、被告に対し、原告高城は九九七万〇七一七円およびこれに対する訴状および請求拡張申立書送達の翌日である昭和四三年一一月三日以降、原告修己は三〇〇万円および内弁護士費用を除く一〇〇万円に対する右同日以降、原告悦子は一〇〇万円およびこれに対する右同日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)は認める。

(二)  同(二)の1のうち、踏切警手谷下に過失のあること、ことに同人が上り電車の通過後下り電車が踏切に近づきつつあったのに遮断機を二、三〇センチメートルあげたことおよび踏切道をほとんど渡りきっていた原告高城を引きかえさせたために原告高城が下り電車に轢過されたものであるとの主張は否認する。

(三)  同(二)の2は否認する。

(四)  同(二)の3のうち、本件踏切が踏切道保安設備設置標準の踏切の種別中第一種乙に該当し、原告主張のような保安設備を設置すべきものとされていること、および本件踏切の遮断機は竹桿一本の遮断桿を上下して踏切道を遮断する形式のもので、遮断した状態の遮断桿の高さが約八〇センチメートル(正確には八二センチメートルである。)であることは認めるが、本件踏切の保安設備にかしがあること、および右かしの存在につき被告会社に過失のあることは否認する。

(五)  同(二)の4のうち、踏切警手谷下および電車運転士魚野が被告会社の被用者であることは認めるが、その余は争う。

(六)  同(三)のうち、原告高城が主張のような傷害を受けたことは認めるが、その余は争う。

三、被告の主張

(一)  本件事故は、昭和四二年五月二四日午後一時二四分ごろ、原告高城ほか二名の幼児が各一〇円の小遣いを持って本件踏切の北側に停車していたわらび餠屋の屋台車にわらび餠を買いに行く途中、本件踏切の警手谷下が上り電車および下り電車に対して踏切道の通行を遮断していたところに差しかかり、右三名のうち原告高城のみが上り電車の通過と同時に遮断桿をくぐり抜けて踏切道に走りこみ、折から踏切道を通過せんとした下り電車に接触して受傷するに至ったものである。

右谷下警手は、上り電車の接近を知らせる列車接近報知機のブザーにより遮断機を降下し電車に対し白旗を振って踏切通過の合図をしたが、右ブザーの鳴るのとほとんど同時に下り電車の接近を知らせるベルが鳴りだした。この時踏切南側の警舎から約五メートル離れた道路の西端で電車の通過待ちをしていた前記三名の子供がふざけていたので、同警手はわざわざ警舎から道路上に二メートルほど出て右子供達に対し恵美須町の方を指差して「向うから電車がくるから渡ったらあかんで。」と注意したところ、子供達が同警手の顔を見返したので、同警手は安心して警舎に入り合図を続けようとした。ところが、危いという婦人の叫び声に振り向くと原告高城が遮断機をくぐり抜けて上り線内に走りこむのが見えたので、同警手は道路上に飛び出し「あかん、あかん、危い」と叫んだが制止することができず、原告高城は下り電車にまきこまれたのである。

なお、谷下警手が大声で阻止しようとしたのは、原告高城が遮断桿をくぐり抜けて踏切道にかけこんだ直後であり、そのために同原告が二、三歩後退したというようなことはないし、また、このように遮断機をくぐり抜けて踏切内にかけこんだ子供に対し、直後突嗟に大声で阻止するのは踏切警手として当然の責務である。

(二)  また、電車運転士魚野は下り電車を運転して本件踏切の西方約二九〇メートルの今池停留所を発車し、曲線半径一八一メートルの左回りカーブの線路を本件踏切に向って約二〇キロメートルの速度で進行して踏切の約七〇メートル西方で谷下警手の白旗の合図を確認し、本件踏切の東方約二〇メートルの飛田停留所を定時一三時二三分に発車した上り電車と警笛吹鳴のうえ本件踏切の西方八、二メートルの地点で離合したが、その直後斜め前方九、五メートルの本件踏切内に走りこんできた原告高城を発見し、直ちに急制動の措置をとるとともに短急汽笛を鳴らしたがおよばず、同原告に接触し、右接触地点から八、三メートル過ぎた地点で停車するに至ったものである。したがって、魚野に徐行義務違反、ブレーキ操作不適当等の過失は何ら存しない。

(三)  ところで、本件踏切道は、被告会社平野線の飛田停留所の上りホーム西端から約二〇メートル西方で軌道を南北に横切り、その幅員は約四、四メートルで、事故当時は片側腕木式の遮断機を設置し、始発から終発までの間踏切警手を配置して通過電車に対し遮断機を開閉して通行を遮断していたものである。しかして、踏切警手の勤務する警舎は踏切道の東側の線路南側沿いにあり、警舎内には電車の接近を知らせる列車接近報知機が設置されていて上り下りの各電車がその制禦区間内に入ったとき、すなわち、上り恵美須町方面行電車が飛田停留所の上りホーム東端から一メートル(本件踏切から約五〇メートル)のところを通過すると、右接近報知機の上りの確認灯が消えて進行方向を示した赤矢印の列車進行表示灯が点灯し、かつ頭上のブザーによる警報が鳴り、また下り平野方面行電車が今池停留所の下りホームに停車すると同時に(本件踏切まで約二九〇メートルの距離)右接近報知機の下りの確認灯が消えて赤矢印の列車進行表示灯が点灯しかつ頭上のベルが鳴るようになっていたもので、右ブザーとベルの相違は上り下りの電車の接近を区別して警手に知らせるのが主目的であるが、一般通行人に対しても十分聞えるようになっていたものである。

また、本件踏切の遮断機は、遮断桿を降下させるとこれに附属した鎖錠桿が鎖錠ボルト上をスライドしてその凹部が右ボルトにはまり遮断桿が踏切道から約八二センチメートルの高さに固定され、警舎内の紐を引いて鎖錠桿をあげ解錠しなければ遮断桿をあげることができないようになった施錠装置が設置されており、踏切警手が遮断桿をあげるにはその前に解錠のために紐を引くという一動作を介在させない限りあがらないようになっているのである。

なお、被告は本件事故後である昭和四二年六月一二日、従前の片側腕木式遮断機をハンドル操作により遮断機の開閉ができ車輛等による引掛事故の少い片側直立腕木式に改良しているが、これは本件事故に基因して改良したものではなく、被告会社の継続的な踏切改良計画に基くものであり、また踏切警舎も同年一一月二四日建替えたが、これは老朽によるものであって、列車接近報知機は従前と同じもので事故後改良したものではない。

したがって、本件事故当時、本件踏切の保安設備である遮断機にかしは存しない。原告主張のように自動ロック装置のないことが直ちにかしとなるものではなく、また原告は遮断桿に針金等によるくぐり抜け防止のための「さがり」のないことがかしであると主張するが、かかることは一長一短で踏切を通過するのは人だけでなく車輛もあり、このような「さがり」が引っかかってかえって大事故となるおそれもあるので被告会社はいぜんとしてかかる措置はとっていないのである。

四、被告の主張に対する原告の答弁

(一)  被告の主張(一)のうち、上り電車が接近した際列車接近報知機のブザーが鳴ったということ、および谷下警手が上り電車の通過する前に原告高城ら三名に近づき下り電車がくるから危いと注意したということは否認する。当時列車接近報知機の警報は上り下りとも同じベルであったため、谷下警手は下り電車の接近に気付かず遮断機をあげたのである。

(二)  同(二)のうち、上り電車と下り電車の離合場所が本件踏切の西方八・二メートルであったということは否認する。上り電車が本件踏切の約三メートル東方にある飛田停留所を発車したのは一三時二三分であり、魚野運転手運転の下り電車が本件踏切の西方二九〇メートルの今池停留所を発車したのも上り電車と同時刻の一三時二三分であるから、両電車が離合した地点は被告主張の地点であるはずはなく、さらに西方の両停留所の中間附近でなければならず、したがって上り電車が下り電車からの本件踏切に対する見とおしの妨害となるようなことはなかったのである。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、被告が電気鉄道および軌道事業を経営する株式会社であること、および原告高城(当時五才三月)が昭和四五年五月二四日午後一時三〇分ごろ、本件踏切南側で上り電車の通過待ちをした後右踏切を北側に横断しようとして被告会社の電車運転手魚野哲夫の運転する下り電車にはねられ、左下腿切断創、右膝部挫滅創の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

二、踏切警手谷下美秋の過失の有無について

原告らは、右事故は被告の被用者である踏切警手谷下が下り電車が接近しているのに遮断機を二、三〇センチメートルあげて原告高城をして踏切の横断を開始させた過失およびほとんど踏切を渡りきっていた同原告をどなりつけて横断を中止し引き返させた過失によって惹起されたものであると主張し、証人望月秀子の証言および原告高城の本人尋問の結果中には右主張にそう部分があるが、右望月が尋問されたのは昭和四三年一一月一九日であり、その当時同人は五才であることは記録上明らかであるから、同人は約一年六ヶ月前の四才当時に体験した事実について供述したことになるので、その正確性については検討を要するところ、その供述の状況は訴訟関係人の質問に対し「うん」といったり、ただうなずくだけの場合がほとんどで質問者の暗示によりなされたのではないかという疑いを払拭し得ず、その内容も具体性に乏しいものであるから、右証言は全体として信憑性を認め難く、原告らの右主張を肯認する資料として利用することはできない。また、原告高城の尋問結果は、右望月の証言と比べると具体性があり、事故当時の状況についてかなり詳細に述べているが、同原告も事故当時は前記のとおり五才三ヶ月の幼児であり、その後二年以上経過してからの供述であること、および≪証拠省略≫によると、警察は本件事故を業務上過失傷害の嫌疑で捜査し、魚野運転手、谷下警手および原告高城と同行していた幼児等を調べたが、当時上り電車の通過後遮断機があがったと供述したものはなかったことが認められること、さらに幼児は一般に被暗示性が強いという事実に徴すると、右原告高城の供述をたやすく措信することはできず、他に右原告ら主張事実を認めるにたる証拠はない。

もっとも、≪証拠省略≫を総合すると、踏切警手谷下は原告高城が踏切内に走りこんだのを見て大声で「あかん、あかん、危い」と叫んで原告高城を制止しようとしたことが認められるが、危険な行動をとろうとする者に対し突嗟に大声で制止することは、そのために生じる心理的動揺を利用して危害を加えようとする故意のある場合等特段の事情のある場合は別として通常社会的に相当な行為であるところ、右のような特段の事情あることを認めるにたる証拠はなく、また右谷下の制止によってほとんど踏切を渡りきっていた原告高城が途中から引き返し、そのために本件事故が発生したとの原告主張事実を認めるにたる措信すべき証拠も存しないこと前記のとおりである。

したがって、原告らの右主張はいずれも採用することはできない。

三、電車運転手魚野哲夫の過失の有無について

原告らは、被告の被用者である電車運転手魚野に前方注視・警笛吹鳴・徐行の各注意義務を怠り、また非常制動措置をとらなかった過失があると主張するので判断する。

まず、本件踏切に踏切警手が配置され、遮断機が設置されていたことは当事者間に争いがない。しかして、専用軌道を有する電車は高速度で一定の軌道上を疾走し、かつ所定の発着時刻どおり正確に各駅間を運転しなければその社会的目的を十分に達成することができないものであるから、本件のように踏切警手が配置され、遮断機が設置されている踏切においては、危険防止上の注意の義務は原則として踏切警手および通行人の側に課せられるべきものと解しなければならない。すなわち、踏切警手は電車の通過の際は踏切道を遮断し軌道内に人車のないことを確めたうえ電車に対して通過の合図をなし、一般通行人も踏切警手が踏切道を遮断したときはこれにしたがい踏切道が開扉されるのを待って軌道内に立ち入るべきであり、その反面電車運転手は一般通行人の動静にまで注意を払う必要はなく、原則として踏切警手の合図に注意しこれにしたがって進行すればたるものというべきである。

しかし、踏切警手の配置されている踏切を通過する際といえども、電車運転手はたえず前方を注視し、通行人と衝突の危険のある具体的事情が発生した場合には踏切警手の合図を待つまでもなく、非常警笛を吹鳴して通行人に危急を知らせるとともに直ちに踏切手前で停車し得るよう電車を徐行せしめ、あるいは非常制動により急停車の措置をとる等事故の発生を未然に防止すべき注意義務があることは事の性質上当然といわなければならない。

そこで、右の見地から、本件において魚野運転手に過失があったかどうかを検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、本件踏切は、被告会社平野線飛田停留所上りホームの西端から二一・五メートル西方の地点にあり、本件踏切の二九〇メートル西北方にある今池停留所と右飛田停留所を曲線半径一八一メートルの左回りカーブで結んでいる軌道と幅員約四・四メートルの大阪市道が交差して形成しているものであり、本件踏切の東側の上り軌道線沿い(南側)に踏切警手が勤務して遮断機を操作する警手小屋が設置されていること、右今池停留所と飛田停留所間の軌道の西側は人家が密集しており、前記のように軌道がカーブしているので下り電車からは本件踏切の西方約五〇メートルの地点で軌道と国道が交差している今池一号踏切の中央附近に電車が達するまで本件踏切の見とおしはきかないこと、魚野運転手は下り電車に乗客二〇名位を乗せて一三時二三分ごろ今池停留所を発車し、時速約二五キロメートルの速度で飛田停留所に向って進行中、前記今池一号踏切の中央附近で谷下警手の白旗による踏切通過可能の合図を確認し、警笛吹鳴のうえ一三時二三分飛田停留所発の上り電車と本件踏切の手前約一〇メートル附近ですれ違った直後、前方約八メートルの本件踏切内に走りこんできた原告高城を発見し、直ちに非常警笛を吹鳴するとともに非常制動の措置をとったがおよばず、電車の右前部が同原告に接触し、同原告を車底に巻きこみ約八・三メートル進行して停止したこと、そして、前記のとおり軌道がカーブしているため右すれ違いの直前から終了までの間は上り電車にさえぎられて下り電車から本件踏切道は見とおせなかったこと、および下り電車は五〇馬力の電動機二基を備えた長さ一一・八二メートル、幅二・四三八メートル、自重一八・三トンの車輛で、その制動能力は初速二〇キロメートルで約一六メートルであることが認められ、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

なお、原告は上り電車が飛田停留所を発車したのと下り電車が今池停留所を発車したのが同時刻であるから、両停留所より本件踏切までの距離関係から考えて両電車の離合地点は前記認定の地点より西方の両駅の中間附近であると主張し、前顕証拠によると両電車の右両停留所の発車予定時刻が原告主張どおりであることが認められるが、両電車が正確に時刻表どおり発車したと認めるに足る証拠はなく、本件電車が軌道法による電車で市街地の路上をも走っていることからその発着時間は必ずしも正確なものではないと推認されるところ、一秒の誤差があってもその間に時速二〇キロメートルの電車は五・五メートル前進するのでそれだけ離合地点が移動することになり、また、前顕証拠によれば、原告高城は上り電車の通過直後に遮断機をくぐって踏切内に走りこんだものであることが認められ、さらに原告高城が途中で引き返したとの原告らの主張が認め難いこと前記のとおりであるから、もし両電車の離合場所が原告ら主張のとおり本件踏切の西方一〇〇メートル以上の地点であるとすると、原告高城は下り電車が本件踏切道に達するまでに踏切道を通過し終っており、本件事故が発生するはずはないという矛盾が生じる。したがって、両電車の時刻表上の発車時刻が同じであるということは前記認定の妨げとなるものではない。

以上認定の事実によると、魚野運転手は谷下警手の合図にしたがって進行し、上り電車との離合直後に事故発生の危険を認めるや、直ちに非常制動の措置をとったが、制動距離内であったため接触を避けることができなかったものであり、右以前に同運転手が事故発生の危険を発見し結果回避の措置をとり得たとは認められないので、同運転手には何ら過失はないといわなければならず、原告らの主張は理由がない。

三、被告の過失の有無について

(一)  原告らは、被告が本件踏切の遮断機に自動ロック装置を設置すべき義務を負担していたのに、これを設置しなかったために本件事故が発生したものであるから、本件事故は被告の過失に基くものであると主張するが、谷下警手が誤って遮断機をあげたために本件事故が発生したものであるとは認められないこと前記のとおりであるから、自動ロック装置を設置していなかったことと本件事故の発生との間には因果関係がなく、したがって原告らの右主張は採用することはできない。

(二)  次に、原告らは、被告が本件踏切の遮断機にくぐり抜け防止装置を設置しなかった過失によって本件事故が発生したものであると主張する。

本件踏切が後記鉄道監督局長通達の定める踏切の種別中第一種乙に該当し、同通達にしたがって被告が本件踏切に遮断機を設置し踏切警手を配置して始発から終発までの電車に対し踏切道を遮断していること、および右遮断機は竹桿一本の遮断桿を上下して踏切を遮断する形式のものであり、遮断した状態の遮断桿の高さが地上約八〇センチメートルであることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、本件事故の一ヶ月前である昭和四二年四月二四日現在の原告高城の身長は一〇一・八センチメートルであったことが認められる。そして、右事実と前顕各証拠を総合すると、当時原告高城は友達二名と一緒に各自一〇円の小遣いをもらって本件踏切の北側にいた屋台車へわらび餠を買いに行く途中、本件踏切の遮断機が下りていたので電車の通過を待っていたが、上り電車が通過した直後下り電車の接近に気付かず遮断桿をくぐり抜けて踏切道に飛びこんだものであり、その際原告高城は僅かに身をかがめることによって容易に遮断機をくぐり抜けることができたということを認めることができるが、もし右遮断機に針金または鉄板等を地上近くまで吊り下げて作ったくぐり抜け防止装置が設置されていたならば踏切道をより完全に遮断することができ、原告高城が下り電車に気付かなかったとしても、遮断機をくぐり抜けて突破するというようなことを企図することもなく、本件事故は発生しなかったであろうことが容易に推認できる。

ところで、軌道建設規定(大正一二年一二月二九日内務鉄道省令)二〇条二項には「新設軌道ノ踏切道ニハ通行人ノ注意ヲ惹クヘキ警標ヲ設ケ交通頻繁ナル箇所ニハ門扉其他相当ノ保安設備ヲナスヘキ」旨規定しており、昭和二九年四月二七日運輸省鉄道監督局長から都道府県の知事宛鉄監第三八四号の二「軌道の踏切保安設備設置標準について」と題する通達は、昭和二五年から昭和二七年までの三ヶ年における踏切事故の実績と昭和二七年および昭和二八年における踏切道の実態調査結果を参酌し、道路交通量・列車回数・見とおし距離により踏切の種別を第一種甲・乙、第二種、第三種、第四種に分類し右分類に応じて遮断機・警報機等の保安設備の設置の要否およびその種別を定め、また、昭和三六年法律第一九五号踏切道改良促進法第三条は「運輸大臣は踏切道における交通量・踏切事故の発生状況その他の事情を考慮して運輸省令が定める基準にしたがい、昭和四一年以降五箇年間において保安設備の整備により改良することが必要と認められる踏切道についてその改良の方法を指定するものとする」旨規定し、右法律に基く、昭和三六年一二月二五日運輸省令第六四号「踏切道の保安設備の整備に関する省令」も踏切道の交通量・列車回数・見とおし距離等により踏切警報機または踏切遮断機を設置すべき旨指定する踏切および踏切遮断機を設置すべき旨指定する踏切の基準を定めているが、右法令および通達中には、前記鉄道監督局長通達が自動踏切遮断機につき「列車の運行により自動的に門扉を開閉するもので、自動踏切警報機の設備を有するものをいう。」と規定するほかには踏切遮断機が備えるべき機能についての定めは存しないこと、および被告以外の他の鉄道または軌道業者の踏切においても本件踏切の遮断機と同じように竹桿一本で遮断する構造の遮断機がかなり使われていることは当裁判所に顕著であり、このような構造の遮断機であっても踏切道の交通を遮断するにたる機能を備えていないとはいえないこと、さらに、≪証拠省略≫を総合すると、本件踏切の遮断機は竹製の遮断桿をつるべ式に上下する形式のもので、支点の側の遮断桿が高くあがらないため遮断桿にくぐり抜け防止の鉄片等を設置すると車輛等の通行に十分な高さを確保することが難しく、踏切道の利用が若干制限されることが認められ、以上の諸点を考慮すると、被告が本件遮断機にくぐり抜け防止装置を設置しなくても踏切保安設備として欠けるところはないと考えたこともあながち無理からぬところであって、これをもって義務の懈怠とし、過失の責を問うことはできない。

四、被告の踏切保安設備たる遮断機の設備保存のかしによる責任

次に、原告らは、本件踏切の遮断機に自動ロック装置およびくぐり抜け防止装置を設置しなかったことが被告の過失に当らないとしても、右は被告の所有占有する土地の工作物である踏切遮断機の設置または保存にかしがあった場合に当るから、被告は民法七一七条による責任を負担すべきであると主張する。しかし、自動ロック装置を設置しなかったことと本件事故の発生との間には因果関係は存しないこと前記のとおりであるから、以下本件遮断機にくぐり抜け防止装置が設置されていなかったことが、土地の工作物の設置または保存のかしある場合に該当するかどうかについて判断するに、本件踏切の遮断機が被告の占有所有に係ることは当事者間に争いがなく、踏切遮断機が土地の工作物であることは明らかである。

そして、高速度交通機関のように事業の性質上必然的に公衆の生命・身体に対して危害を生ぜしめる危険を伴う事業を経営するための施設を占有する者は、当該設備を設置することによって高速度交通機関としての社会的効用を喪失し、もしくは事業経営が不可能となって交通事業自体の存立を危殆ならしめる等の特段の事情の認められない限り、事故防止のために最善の措置を講じなければならないと解すべきであり、遮断機にくぐり抜け防止をしないことがたとえ軌道業者の過失に当らない場合であっても、当該踏切の交通量・列車回数等から考えて、くぐり抜け防止装置のない限り危険防止の機能が十分でなく、列車の運行の確保と踏切道の交通の安全の確保という踏切保安設備本来の目的を完うすることができない場合は、かかる遮断機はその設置または保存にかしありといわなければならない。

ところで、もし踏切道を通過する一般通行人がすべて遵守すべき注意義務を尽し慎重に行動するものと期待することができるのであれば、地勢上見とおしが十分でなく危険性の大きい踏切についてのみ通行人に列車の接近を知らせる警報機を設置すれば、踏切の保安設備として十分で事故の発生を完全に防止することができるはずであるが、踏切道を通過する者の中には事理弁識能力に欠け、あるいはこれが十分でない幼児・児童もあり、また危険を犯し敢えて列車の直前を横断しようとするような短気で無謀な者も絶無ではなく、踏切道の交通量の増加とともにこのような事故を起しやすい通行人が増加し踏切道における事故発生の危険性が増大するものと考えられ、さらに軌道が複線の場合は踏切に双方から列車が接近することがあるところから、通行人が先に接近し通過した列車にのみ注意を奪われ、他方から接近する列車に対して注意がおよばないことによる事故発生の危険性もあり、右のような危険性は踏切を通過する列車回数が多くなり踏切での待ち時間が多くなると飛躍的に増大し、通行人に対し列車接近の警告を与えるだけでは踏切事故の発生を十分に防止することができないと考えられ、前記鉄道監督局長通達および運輸省令の定める保安設備設置についての基準がいずれも道路交通量および列車回数の特に多い踏切については、見とおし距離の大小等当該踏切の危険性の大小にかかわらず遮断機を設置すべきものとしているのは、監督官庁たる運輸省も踏切事故の実態調査の結果等により道路交通量および列車回数の特に多い踏切は前記のような危険性が大きく警報機のみでは事故防止不十分であると判断したためであると思われる。しかし、右の意味での危険性が大きく、警報機の設置によっては踏切道の安全を確保し得ないとして遮断機を設置したとしても、閉鎖した遮断機の下を容易にくぐり抜けることができ、幼児がそのまま通過できるような構造のものであるならば、前記のような原因による事故の発生を十分防止することはできず、ことに無心の幼児が遮断機の下を通過することによって生ずる事故の防止については無力であり、遮断機設置の目的を十分に果すことはできないといわざるを得ない。

もっとも、踏切に設置する遮断機が列車の接近にしたがって自動的に開閉する自動遮断機の場合には、踏切道を完全に閉鎖してしまうような構造のものであると、踏切内に通行人が閉じこめられかえって危険な事態が生じるということも考えられ、かかる点を考慮すると、すべての遮断機にくぐり抜け防止の装置を設置して踏切道の閉鎖を完全にすることが事故防止上適当な措置であるとはただちにはいえないとしても、少くとも、繁華街にあって人車の通行が特に多く自動踏切遮断機を設置して機械的に踏切道の開閉をしたのでは踏切道における人車の円滑な交通と安全とを確保することができず、踏切警手を配置して遮断機を操作せしめる必要のある踏切道に設置する遮断機については、幼児の通過や短気な通行人のくぐり抜けを防止するにたる機能を備えたものでなければ、踏切道の交通の安全の確保という踏切保安設備本来の目的を完うすることができず、かかる遮断機はその設置保存にかしありといわなければならない。

そこで、本件踏切の状況についてみるに、本件踏切が前記鉄道監督局長の定める踏切の種別中第一種乙に該当し、被告会社が本件踏切に手動の遮断機を設置して始発から終発までの間踏切警手を配置し通過する列車に対し踏切道を遮断していたことについては当事者間に争いのないこと前記のとおりであり、≪証拠省略≫を総合すると、本件踏切は大阪市西成区今池町七四番地先に位置し、附近は人家軒を接する人口密集地帯であり、踏切道の南北に商店街を形成しているので、その交通量は頻繁であることが認められる。したがって本件踏切に設置する遮断機については幼児が遮断機の下を通過することのない、また一般の通行人が容易にくぐり抜けることのできないようなくぐり抜け防止装置を設置してはじめて踏切道の安全の確保という踏切保安設備としての遮断機設置の目的を完うすることができるとみるのが至当であり、他面本件遮断機にくぐり抜け防止装置を設置しても高速度交通機関としての効用は何ら減殺されるものではなく、またこの程度の設備を要求しても被告会社に過大な負担を課すものとも考えられないから、被告会社としてはこれを欠いた点にその占有する土地の工作物たる本件遮断機の設置にかしがあったものと断ぜざるを得ない。

しかして、本件事故当時本件遮断機に前記のようなくぐり抜け防止の装置があったならば、原告高城が下り電車に気づかなかったとしても、遮断機の下をくぐり抜けて踏切内に入り電車と接触するようなことはなかったと考えられること前記のとおりであるから、本件事故の発生については被告会社の占有する土地の工作物の設置のかしと前記のように降下中の遮断機の下をくぐり抜けて踏切内走りこんだという原告高城の過失が競合してその原因をなしていると認め得べく、したがって被告は本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。

五、過失相殺

本件事故当時、原告高城が五才三ヶ月であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、原告高城は本件事故当時文の里幼稚園の年長組に通園しており、当時原告と同行していた板東祥江および望月秀子も同幼稚園に通園していたがいずれも年少児組であったこと、および右板東および望月は本件事故当時原告と同じように小遣いをもらってわらび餠を買いに行く途中であったが、降下した遮断機の手前で列車の通過を待っていたことが認められ、右事実によれば、原告高城は事故当時少くとも遮断機のある踏切の通過に関する限り十分事理を弁識する能力をそなえていたものと認めるのが相当である。そして、本件事故の発生については、被告の土地の工作物の設置のかしと原告高城が降下中の遮断機の下をくぐり抜けて踏切内に走りこんだという過失が競合してその原因をなしていることは先に認定したとおりであり、前記のような遮断機のかしの程度と対比すると原告高城の右過失は重大なものであるといわなければならない。よって、原告の右過失は損害賠償額の算定に当って当然斟酌されるべきものである。

五、損害、

(一)  原告高城の傷害ならびに後遺症

≪証拠省略≫を総合すると、原告高城は本件事故のため左下腿切断創・右膝部挫滅創の傷害を受け(負傷の点については争いはない。)事故当日から昭和四二年六月二八日までの三六日間、大阪市西成区北神合町六番地田中外科に入院し、その間事故当日に左下腿切断術を受けたほか種々の治療を受けて右傷害は一応治療したが、左下腿が約九センチメートル亡失短縮したため義足を装置しなければ歩行することができず、また原告高城が成長期にあり右切断部分の骨が成長するため、昭和四四年八月に第一回の断端形成手術を施行し、今後も骨の成長とともに三回程度は右手術を施行する必要があり、さらに右足膝部の前部には長さ一四センチメートル、幅約一センチメートルの、後部には長さ約一〇センチメートル、最広部で幅約四センチメートルの瘢痕を残し、右瘢痕部に掻痒感および疼痛感があるため、医師の指示により退院時から昭和四四年一二月三日現在に至るまで引き続き薬局で購入したヒルドイド軟膏を右瘢痕部に塗布しており、右同日以降もなお数年間は継続して右軟膏を塗布する必要があることが認められ、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

(二)  治療費

≪証拠省略≫を総合すると、原告高城の治療費として支出された額は、次のとおり合計二二万二、八〇五円であると認められるところ、前記原告高城の過失を斟酌すると、このうち被告の賠償すべき額は右金額からその八割を減じた四万四、五六一円とするのが相当である。

1、入院費   四万七、四二五円(≪証拠省略≫)

2、義足代   六万一、五〇〇円(≪証拠省略≫)

3、義足断端袋   一、三〇〇円(≪証拠省略≫)

4、薬代(昭和四二年一〇月から約一年間のヒルドイド軟膏およびアルファケリー代一、一八〇円) 二万三、三八〇円(≪証拠省略≫)

5、薬代(昭和四三年一一月から昭和四五年一〇月までの前記軟膏代) 四万四、四〇〇円

6、原告高城の入院中原告悦子が附添い、さらに退院後も同原告が原告高城に附添って通院し、家事をとることができなかったため二ヶ月間女中を雇い支払った賃金 三万四、〇〇〇円(≪証拠省略≫)

7、入院雑費(入院三六日間一日当り三〇〇円) 一万〇、八〇〇円

なお、(6)につき、近親者が附添い現実の金銭の出費がない場合でも女中を雇えばこれが現実の出費となるし、支出がなくてもそもそも加害者は傷害の程度が附添いを必要とするものである以上附添費相当額を事故による損害として賠償するのが相当であると解すべきところ、母親の附添費は一日一、〇〇〇円を相当とするから、三六日分三万六、〇〇〇円が附添費の損害として認められる。したがって、代りの女中に支払った前記三万四、〇〇〇円は右附添費の範囲であり、事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。また、原告主張の嗜好品代八、〇〇〇円および看護用品代五、〇〇〇円については、事故と相当因果関係の有無を判断するに必要な明細の主張もなく、これを認めるにたる措信すべき証拠もないが、入院中栄養品代(ただし、医師の指示によらないもの)、嗜好品代、看護用日用雑貨品代等として一日当り平均三〇〇円を下らない費用を要することは公知の事実であるから、前記のとおり入院雑費として認める。その余の原告主張の経費については、これを認めるにたる措信すべき証拠はない。

(三)  原告高城の逸失利益

原告高城が本件事故当時五才三ヶ月であったことは当事者間に争いがなく、昭和四一年簡易生命表によると満五才の男子の平均余命は六五・一六年であることに徴すると、原告高城は満一八才から満六三才までの四五年間稼働し得るものと推認することができる。そして労働大臣官房労働統計調査部の調査による昭和四二年度労働統計年報によれば、全産業の一〇人以上の労働者を雇用する事業所における一八才から一九才までの男子労働者の平均月間きまって支給する現金給与額は二万二、七〇〇円、平均年間特別に支払われた現金給与額は三万〇二〇〇円であることが認められ、右月間給与額を年間のそれに引き直し、右年間特別給与支給額を合わせると年間給与額は三〇万二、六〇〇円となるから、原告高城が前記のような身体障害を受けなければ、前記稼働期間を通じて毎年少くとも右程度の収入を得ることが可能であったと推認するのが相当である。

ところで、原告高城は前記のとおり左下腿を約九センチメートル切断しており、この身体障害は労働基準法施行規則別表身体障害等級表の第五級に当り、労働省労働基準局長から各都道府県労働基準局長宛の昭和三七年七月二日付通牒の別表第一労働能力喪失率表によれば障害等級五級該当者の労働能力喪失率は七九パーセントであることが認められる。しかしながら幼時に身体障害を受けた者は特段の事情のない限りその障害の部位程度に応じて将来当該障害による支障の少い職業を選択するであろうことは経験則上明らかであるから、原告も将来の就職に際しては坐ったまま働くことのできるような職業を選択する等により、自己の身体障害による影響をできるだけ少くするであろうことが推認でき、右認定に反する特段の事情を認めるに足る証拠はない。以上の事実に前記労働能力喪失率を勘案すると、原告高城の労働能力の減退による得べかりし利益の喪失の程度は四〇パーセントと認めるのが相当である。したがって、原告高城は前記の稼働期間を通じて毎年あげ得たはずの収益三〇万二、六〇〇円の四〇パーセントに当る一二万一、四〇〇円を失ったものというべきである。そこで右の逸失利益からホフマン式計算により年毎に年五分の割合による中間利息を控除してその現価を算定し、円未満を切捨てると二、〇六一、三七一円となること明らかであるところ、前記原告高城の過失を斟酌すると、このうち被告の賠償すべき額は右金額からその八割を減じた四一万二、二七四円とするのが相当である。

なお、原告らは、原告高城の逸失利益の算定基礎として各年令帯に応じた統計上の平均収入を主張するが、元来幼児の逸失利益なるものは幼児が将来どのような職業につき、どのような能力を発揮し、どのような収入をあげるか予測できないものにつき敢えて将来の収入を推計しようというものであって、どのような計算方法をとっても確実な心証のもとに認定し得る可能性あるものではなく、前示のような統計上の数値のうち最も控え目な数値を基礎として算定することによってはじめて蓋然性を高度ならしめることができると考えるから、原告主張の算定方法は採用しない。

(四)  慰謝料

1、原告高城の慰謝料

原告高城が本件事故により前記のような傷害を受け、その結果三六日間の入院加療を要し、その間に左下腿部を約九センチメートル切断のやむなきに至り、さらに右膝部にも瘢痕を残し、なお掻痒感、疼痛感を残していることは前記のとおりであり、これにより同原告は身体の運動機能が低下し日常起居動作に多大の不便を蒙り、将来とも義足その他の治療を受けなければならず、進学・就職・結婚等に重大な不利益を受けることは容易に推認できる。そこで、以上認定の事実および前記原告高城の過失等諸般の事情を考慮すると、原告高城の精神的苦痛に対する慰謝料は三〇万円をもって相当とする。

2、原告修己、同悦子の慰謝料

≪証拠省略≫によれば、右両名が両親として一人息子である原告高城に対し格別の愛着を抱いていたところ、本件事故によって同人が前記のような傷害を負い、前記のような後遺症を残しているため絶えず不安と心痛に悩まされているのみならず、その将来に即しても危惧の念を抱き今後とも精神的苦痛が絶えないであろうことが認められる。そして、右事実関係からすると、原告修己、同悦子の父母としての精神的苦痛は本件事故によって、原告高城の生命が侵害された場合のそれに比し著しく劣るものではないということができるから、同原告らもこの苦痛を償うべき固有の慰謝料請求権を有するものと認めるべきで、その額は右事実に前記原告高城の過失等諸般の事情を考慮すると各一〇万円をもって相当と認める。

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、被告が原告らに対し原告らの蒙った前記損害を賠償しないため、原告らは大阪弁護士会所属弁護士宮崎乾朗、同河上泰広、同津田勍、同津田禎三、同広川浩二に本訴の提起と追行を委任し、原告修己において同人らに対し報酬として二〇〇万円の支払を約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過、前記認容額に照すと、被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得べき額は、右支出額のうち、一〇万円と認めるのが相当である。

六、結論

そうすると、被告は、原告高城に対し七五万六、八三五円およびこれに対する本件不法行為の日以後であり、本訴状および請求拡張申立書送達の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一一月三日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告修己に対し二〇万円および内弁護士費用一〇万円を控除した残額一〇万円に対する右同日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告悦子に対し一〇万円およびこれに対する右同日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右限度で正当であるからこれを認容し、その余はいずれも理由なしとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 笠井昇 伊東武是)

〈以下省略〉

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